昔の道具の写真

 
千両箱
千両箱と千両箱の重さ体験


…江戸時代の千両箱の一つです。一両小判を1000枚入れると,約20kgになるそうです。
江戸時代には,五千両箱や万両箱もあったそうです。
博物館には,千両箱の重さを体験できるものも用意されています。
江戸東京博物館2003.3.15
/2009.7.31(関連:公民「一億円の重さ体験)
千両箱重さ体験
昔の看板(扇子屋と飴屋)
江戸時代の看板(扇子屋と飴屋)

…江戸時代の看板には,一目で店の品物がわかる看板がたくさんあります。写真は,扇子屋と飴屋の看板です。
飴屋の形は,水飴でしょうか?江戸東京博物館2003.03.15
人力車
人力車


…日本では,明治・大正・昭和初期に移動手段として活躍しました。北海道開拓の村2010.6.18
がんどう
がん灯


…昔の照明器具です。この「がん灯」はブリキでできています。
中にろうそくを入れ,鉄の輪が回転して上下左右動くようになっているので,中のろうそくは倒れません。
用途は今の懐中電灯に似ています。暗い道を歩くときに,がん灯で照らしながら歩きます。
北海道開拓の村2004.6.6/2011.9.24
(ベースボールマガジン社「ビジュアル忍者辞典」忍者の仕事2011年発刊に写真掲載)
法螺(ほら)
法螺(ほら)


…法螺(ほら)は,大きな音が出て,遠くまで伝えることができます。
合戦の開戦合図として使用されたり,山伏が吹き鳴らす道具です。松前城資料館2016.5.4

和磁石
和磁石


…北前船で使用された方位磁針「和磁石」です。
江戸時代から明治時代に使用された北前船は,航海中に和磁石を使って方角を確かめました。
写真の和磁石は,北を「子」(ね),南を「午」(うし),北東を「丑寅」(うしとら)というように,十二支を使って方位を示しています。
江差町郷土資料館2009.11.1
御湯殿(おゆどの)
御湯殿(おゆどの)


…福井藩主 松平家の別邸「御泉水屋敷(現:養浩館)」に復元された江戸時代の「御湯殿」です。
このお風呂は,いわゆる蒸気により体を蒸らす蒸し風呂です。福井市「養浩館」2007.1.20
薬研(やげん)
薬研(やげん)


…漢方薬などをつくる時に薬剤を細かくする道具です。薬剤の他,調味料や火薬なども粉末にするためにも使われました。
薬研は鉄製が一般的ですが,石製や木製のものもあります。北海道開拓の村2010.6.18/月形樺戸博物館2014.5.17
火打ち石と火打ち金
火打ち石と火打ち金


…時代劇によく出てくる火打ち石と火打ち金(ひうちがね)です。火打ち金は,火打ち鎌ともよばれます。
石を金の部分に打ち付け火花を出します。火を付ける道具の他に「厄除け・縁起担ぎ」(切り火)としても使用されました。
江戸東京博物館2009.7.3
角火鉢・鉄瓶・五徳…
角火鉢・鉄瓶・五徳…

…火鉢関係の品々です。角火鉢は「江戸火鉢」という形のものです。小樽市博物館2004.10.23
火鉢 火鉢

…火鉢は,灰の中に炭火を入れ,手を暖めたりします。
写真の火鉢は,函館の金森洋物店が開業した頃,店先においてあったもので屋号の銘があります。
函館市郷土資料館2008.6.12
煙草(たばこ)盆
煙草(たばこ)盆


…「煙草(たばこ)盆」は,刻みたばこを吸うための道具です。キセルなどでたばこを吸う人の必需品でした。
商店では接客用として,店先にも置かれました。函館市郷土資料館2008.6.12

囲炉裏
囲炉裏(いろり)と自在鈎(じざいかぎ)

…囲炉裏・鉄瓶・自在鈎です。北海道のニシン漁場建築で使われたものです。余市福原漁場2007.11.6
ガラスの浮き球
ガラスの浮き球


…小樽は,ガラスの町で知られていますが,元は漁で使う「ガラスの浮き球」製作からはじまったそうです。
写真の浮き球は,直径30㎝ぐらいのものです。北海道開拓の村2013.10.14
DDT噴霧器
DDT噴霧器

…「DDT」は,戦後,衛生状態の悪化からシラミやノミが大量に発生したために使われた薬剤です。
戦後の写真を見ると子どもの頭などにDDTの白い粉をかけているものがあります。
DDTは,その後も広範囲に使用されたそうですが,環境汚染の原因や人畜に対する体内蓄積などの問題から,使用禁止になっていきました。江戸東京博物館2003.3.15
スピーカー付き真空管式受信機
スピーカー付き真空管式受信機


…今のラジオから考えると信じられないくらいの大きさです。江戸東京博物館2003.3.15
ラジオ聴取料金 領収書
ラジオ聴取料 領収書


…1925(大正14)年に日本で初めて放送業務を開始した「東京放送局」と「日本放送協会」が表示されています。
※「日本放送協会」=現在のNHK
この領収書は,1926(大正15)年のラジオ聴取料金のものなので,かなり初期のものということになります。
持ち主は,余市で鰊漁で栄えた網元。旧余市福原漁場2007.11.6
鉛版(えんばん)
丸鉛版(まるえんばん)~新聞印刷


…「えんばん」は,鉛合金製の印刷用の版です。
新聞印刷に使用されましたが,オフセット印刷になり姿を消しました。
写真の丸鉛版は,新聞社が保存してあったものです。北海道新聞2012.9.20
扇風機
扇風機


…手で回す形の物は,江戸時代からあり,1893(明治26)年に日本ではじめて扇風機が発売され,
国産品は翌年に発売されました。扇風機が量産されたのは,大正時代に入ってからです。旧余市福原漁場2007.11.6
ポータブル・レコードプレイヤー
ポータブル・レコードプレイヤー


…ポータブル・レコードプレイヤーは,今でもたくさんの商品が販売されています。倶知安町風土館2010.8.2

牛乳の栓抜き
牛乳の栓抜き


…牛乳のふたをはずす道具です。正式な名称は何というのでしょうか?
牛乳瓶からテトラパックになって,すっかり見かけなくなりました。
子どもたちに「何をする道具だと思う?」の質問に,どんな答えが返ってくるでしょうか?2012.5.18

火熨斗(昔のアイロン)
火熨斗(昔のアイロン)


…火熨斗=ひのし,中に炭を入れて使用した昔のアイロン。共和町かかし古里館2014.8.16
お菓子の金型
お菓子の金型


…大正から昭和にかけて使用されたお菓子屋さんの作業場を再現したものです。
写真の金型は,「せんべい」に使用されたものだと思います。壁にも数種類の金型がかけられています。
北海道開拓の村(旧大石三省堂支店)2010.6.18

和菓子の型
和菓子の型


…和菓子を大量に作るときに使う木の型です。苫小牧博物館2003.9.17

アイスクリーム製造機
アイスクリーム製造機

…明治か大正期のアイスクリーム製造機です。
作り方は内側の筒の中にアイスクリームの原料を入れて内側の筒と外側の樽の間に氷を入れグルグルと内側の筒を回すとアイスクリームができる仕組みです。函館市郷土資料館2008.6.12
醤油樽
醤油樽


…醤油の運搬に使用した樽です。杉などの木材を使用しています。千歳キッコーマン工場2013.6.19
炭焼き小屋
炭焼き小屋


…北海道で使われていた炭焼き小屋。北海道開拓の村2010.6.18
大鋸(おが) 
大鋸(おが)

…巨大なのこぎり「大鋸」は,木を縦に挽いて板や柱を切り出す道具です。
葛飾北斎の作品「富嶽三十六景」の「遠江山中」にも大鋸が描かれています。 釧路市立博物館2013.8.11
草鞋(わらじ)
草鞋(わらじ)

…草鞋(わらじ)は,稲ワラでつくられている履き物です。
ニシン漁の魚家に大量に残されていた草鞋(わらじ)です。北海道開拓の村2015.6.1
えじこ
嬰児籃(えじこ)

…「えじこ」とは,農作業時の忙しいときなどに,赤ん坊を入れておいたわらでできたかごのことです。
ところによっては,「いづめ」とも呼ばれました。北海道開拓の村2004.6.6
叺(かます)
叺(かます)


…「かます」 は,わらで編んだむしろを二つ折りにして作った両端を縫った袋です。
主に米などの穀物・石炭などを入れるのに使われました。帯広百年記念館2008.9.15
俵
俵(たわら)


…蔵の中で,俵がたくさんで積んである写真です。俵は,米を入れたり,海産物を入れたりと用途の広い収納わら具です。
北海道開拓の村2013.10.14

こおり(行李)
行李(こおり)


…こおり(行李)は,もともと旅行用の荷物入れに使われた道具です。衣類を収納するのにも使われました。
材料は,竹・柳・籐などです。共和町かかし古里館2005.8.19

明治の台所
明治の台所


…明治40年頃,北海道喜茂別町にあった駅停所の台所を復元したもの。木製の流し,羽釜,水瓶…。
北海道開拓の村2004.6.6

かまど
かまど


…料理を作るのに,昔から使われていたのが「かまど」です。上に鍋や釜をかけ,下から薪で火を燃やして,調理をします。
北海道開拓の村2004.6.6/2010.6.18/2011.9.18
ちゃぶだい(卓袱台)
卓袱台(ちゃぶだい)


…卓袱台は,折りたたみのできる木製の食卓のことで,写真のように円形のもや四角形のものもあります。
使用され始めたのは,明治の中期頃ということです。共和町かかし古里館2005.8.19
共同水道栓(小樽)
共同水道栓


…まだ上水道が整備されておらず,各家庭に水道がなかった明治~昭和時代に共有した水道設備です。
当時は,日常の水には井戸水を利用する場合が多く利用されていました。共同水道栓は,「共有栓」「共同栓」とも呼ばれます。
小樽市博物館運河館2014.10.30・2017.2.7/(写真撮影:岩代氏)長崎市旧グラバー邸2007.11.17

洗濯板とタライ
洗濯板とタライ

…洗濯板とは,板の表面を波状にしているものです。共和町かかし古里館2014.8.16
木桶風呂
木桶風呂

…小判型(楕円形)の木桶風呂です。煙突のついた「鉄砲」と呼ばれる釜が付いています。
それで「鉄砲風呂」とも呼ばれています。北海道開拓の村2013.10.14
つり下げ式手洗い器
つり下げ式手洗い器


…昔,家のお手洗いを出たところにふきんと一緒に吊り下がっていました。
名前も「吊り下げ式手洗い器」「自動手水器(じどうちょうずき)」「吊り手水(つりちょうず)」と各地で様々あるようです。
下に付いている棒を手で押すと水が出てきます。
拡大写真には,一般家庭用と国鉄で使用していたものがあります。北海道開拓の村2013.10.14/共和町かかし古里館2014.8.16
「塩」看板
「塩」の専売


…戦後は塩やタバコなどは専売制度でした。塩の専売店を示す表示です。
※塩の専売は「塩専売法」という法律で決められていました。塩の専売は「大蔵省専売局」から「日本専売公社」へ,1985(昭和60)年の民営化によって「日本たばこ産業(JT)」となり,1997(平成9)年に塩専売制度は廃止されました。
倶知安町風土館2010.8.12/釧路市2013.8.10
「たばこ」看板
「たばこ」看板

…専売公社時代の認可販売店に付けられた「たばこの看板」です。北海道開拓の村2011.9.24
木製の電柱
木製の電柱


…なつかしい木製の電柱を見つけました。北海道開拓の村2015.6.1
拘束具 鉄丸
拘束具 鉄丸(複製)


…明治政府は,樺戸集治監や空知集治監をつくり,北海道の原野開拓のため集めた囚人に,重労働の労役を課しました。
囚人たちが逃亡して捕まると写真の「鉄丸」という拘束具を足に付けられました。※鉄丸は,約600匁~1貫目の重さ(約2.25kg~3.75kg)
囚人たちの厳しい労働や死を賭して脱走を試みる様子は,吉村昭の「赤い人」(講談社文庫)に描かれています。
三笠市立博物館2006.8.12(複製)/月形樺戸集治監2014.5.17(実物)
  計 量
竿秤
竿秤(さおばかり)


…重さを量る道具です。分銅を動かして調整します。昔の道具の体験コーナーにあって実際に使ってみました。
北海道開拓記念館2013.10.16
一升升
一升升(いっしょうます)


…江戸時代の単位「尺貫法」で,「升(しよう)」は,容積の単位です。
一石=十斗=百升=約180リットル 一斗=十升=約18リットル
一升=十合=百勺(しゃく)=約1.8リットル(正確には1.8039リットル) 江戸東京博物館2003.3.15
  子どもの遊具
貝合わせ
貝合わせ

…平安時代からあったハマグリの貝を使って裏に絵を描き,トランプの神経衰弱のルールのように,多くとった人の勝ちとした遊びをしたもの。
写真は,江戸時代のお城のお姫様の御道具の一つだったもの。江戸東京博物館2003.3.15/姫路城2007.2.27

紙めんこ
紙めんこ


…「めんこ」の語源は「小さな面(=面子)」だそうです。昔の紙めんこは,ダンボール製です。
役者や武将(武者)が図柄になっています。北海道開拓の村2013.10.14/S小学校2011.3.3/江差町郷土資料館2009.11.1
ペダルカー
ペダルカー


…昭和10年代の写真。自転車に乗っている父は,足が届かないのでフレームに座布団を乗せて乗車。
ペダルカーに乗っているのは,私の叔父。ペダルカーの国産は,大正時代に始まったとのこと。

  運搬・運輸
大八車
大八車


…昔のものを運ぶ道具です。写真の大八車には俵がのっています。
「第八」は,「代八」からきた言葉で,8人分の仕事をするという意味だそうです。
江戸東京博物館2003.3.15/北海道開拓の村2004.6.6

リヤカー
リアカー

…後部=Rearの車=カーです。「リヤカー」とも呼ばれます。昔の道具でもあり,今なお各地・各場所で活躍している道具です。
日本の道路交通法上では,軽車両となります。北海道開拓の村2011.9.24

ボンネットバス
ボンネットバス


…小樽市内を走っているボンネットバス。2013.5.9
列車の冷水器
列車の冷水器


…列車の洗面所にあった冷水器。
自動販売機なんか列車になくて,機械の横から折り畳んだ紙コップを取り出して,水を飲んだものです。
小樽市総合博物館2002.8.26

列車の扇風機
列車の扇風機


…列車の客室で,昔よく見かけた扇風機。(拡大写真には,スイッチの写真もあります。)小樽市総合博物館にて2002.8.26

  昔の電話・電報・郵便
昔の電話
昔の電話


…昔の壁付け式電話。電話機をはずすと自動的に交換手につながり,番号を告げる方式だそうです。
北海道開拓の村2010.6.1814

ボックス型 自働電話(複製)
ボックス型 自働電話(複製)


…1900(明治33)年にボックス型「自働電話」が東京に登場しました。(=最初の屋外型電話ボックスで,六角錐形)
「自働電話」は,アメリカで使われていた「オートマチック・テレホン」を直訳したものです。
初の市内通話料は,1通話(5分間)15銭ときめられました。写真は,当時のものを再現した複製です。江戸東京博物館2009.7.31
電話交換機
電話交換機


…電話の加入台数の少ない頃は,電話回線を手作業でつないでいました。
松前郷土記念館2001.6(関連:歴史近代・現代 昔の電話交換手)
黒電話
黒電話


…写真の黒電話は「600形電話機(卓上型)」と呼ばれている型です。
送話部分は,カールコードです。どこでも見かけた電話ですが,すっかり見なくなりました。小樽市立若竹小学校にて2012.3.12


黒ポスト(複製)
黒ポスト(複製)

…創業時の郵便ポストの「書状集箱」に代わって,1872(明治5)に角柱型の新しいポストが設置されました。
黒ポスト(=黒塗柱箱)は,杉板を四角い柱のように組み合わせ,黒ペンキが塗られています。(参考:逓信総合博物館Web)
写真は,江戸東京博物館にある当時の黒ポストを再現した複製です。2009.7.31
電話番号表示
電話番号の表示


…初期の電話普及率が低かった頃に,家の玄関や商店の店先に表示されていたものと思います。
江戸東京博物館2009.7.3/倶知安町風土館2010_8.2/小樽市立S小学校2014.827
  消防の道具
火消しの纏(まとい)
火消しの纏(まとい)


…纏(まとい)は,火消し組のシンボルです。様々な纏の下には,吹き流しがついています。
写真の纏は,各町内の消防団で使われたものです。共和町かかし古里館2005.8.19
刺又(さすまた)
刺又(さすまた)


…写真の刺又(さすまた)は,相手の動きを封じ込める江戸時代の道具です。
町火消しが延焼中の家屋を引き倒しす消火道具としても使用され,現在では,消防署の地図記号に使用されています。
写真は,松前藩屋敷の復元「自身番小屋」内で三道具で展示されているものです。2009.9.22

鳶口(とびくち)
鳶口(とびぐち)


…写真の鳶口(とびぐちは,町火消の消防作業に使われた江戸時代の道具です。
鳶職が,丸太や原木など木材の移動や運搬に使用し,木造の建築物の解体に使いました。
松前藩屋敷の復元「自身番小屋」内2016.5.4
半鐘
半鐘(はんしょう)

…半鐘纏(はんしょう)は,火事などの災害の時に鳴らして,住民に危険を知らせた道具です。
鐘の鳴らし方によって,災害の種類などがわかるように決められていました。
共和町かかし古里館2005.8.19/松前藩屋敷2016.5.4
半鐘
消防用ポンプ
消防ポンプ


…農村地区の消防組織にあった消防ポンプです。ポンプの台車の上には,サイレンものせてありました。
北海道開拓の村2011.9.24/共和町かかし古里館2005.8.19
消防番屋
消防番屋


…「番屋」は,消防や自警団の役割をしていた詰め所のことです。消防団の詰め所が「消防番屋」。
昔ながらの火災を見張る望楼(ぼうろう)がある写真の番屋は,盛岡消防団第五分団の番屋として使用されているものです。
大正期の木造洋風事務所建築です。盛岡市紺谷町2008.6.8
防火用水桶
防火用水桶


江戸時代に各場所に防火用水として設置されていた用水桶です。松前町松前藩屋敷2009.9.22
夜回り用の拍子木
夜回り用の拍子木


拍子木は,叩いて音を出す木製の道具です。 もちろん,現在でも自治会や町会の防犯や防災に使われてもいます。
夜の見回りに, 「戸締り用心,火の用心,マッチ一本火事のもと…」と声をあげながら,拍子木を打ち鳴らします。
松前町松前藩屋敷2016.5.4
  農 具
足踏み式水車
足踏み式水車


…水車の横の棒につかまり,足下の水車を回し,田に水をくみ入れます。江戸東京博物館2009.7.31
なげつるべ
なげつるべ


…昔のかんがい農具。2人で水に投げ込み,農業用水を汲み上げたために使った道具。山形県立博物館にて2006.8.1

千石通し
千石通し(せんごくどおし)


…上部から米を落として糠を落としたり,穀粒をふるい分けたりする農具。北海道開拓の村2013.10.14
千歯
千歯

…脱穀用の農具。共和町かかし古里館2014.8.16
足踏み式脱穀機
足踏み式脱穀機


…千歯よりも能率がよい脱穀用の農具。共和町かかし古里館2014.8.16
唐み
唐箕(とうみ)


…収穫した穀物を脱穀した後,籾殻や藁屑等を風力によってもみと選別する機械式の農具です。
北海道開拓の村2013.10.14
/共和町かかし古里館2014.8.16
箕(み)
箕(み
)

…「箕」は脱穀をした際に,不要物を選別するために使われた農具です。北海道開拓の村2013.10.14
どんころ
どんころ

…「どんころ」 は,ムシロに広げた豆類を脱穀する農具です。この丸太のローラーを馬にひかせて使用します。
豆の上を転がした時の音が,「ドンコロ,ドンコロ」だったのでこの名前になったようです。帯広百年記念館2008.9.15
田下駄
田下駄

…湿地や水田の農作業等に使われる履き物を田下駄(たげた)といいました。
写真の田下駄は,苗代の土を平らにするのに使用されたものです。山形県立博物館2006.8.1

牛乳缶
牛乳缶


…昔は,乳牛から搾乳した牛乳を,この牛乳缶で輸送していました。
いまでも,時々,酪農家の片隅で写真と同じ形の牛乳缶を見かけることがあります。
コンビニ「ローソン」のマークには,「牛乳缶」が使われています。帯広百年記念館2008.9.15
サイロの建設
サイロの建設

…サイロは穀物や飼料等の貯蔵庫です。
写真は,1930年代に北海道黒松内町でつくられた家畜の飼料を入れる塔形サイロの建設風景です。
塔型サイロの替わりに現在では,牧草の保存用としてラップフィルムを用いたロールベールが広く普及しています。
(写真提供:内山氏)2010.1.17
  北国の道具
豆炭あんか
豆炭あんか

…小さいときにお世話になりました。「豆炭」は,石炭や木炭などの粉末をまぜ,粘着剤で固めて乾燥したものです。
火であぶって着火した後,ケースに入れてふとんの中に入れます。朝までポカポカ暖かかった。道庁赤レンガギャラリー2006.5.4
電気あんか
電気あんか


…昭和30年代の「電気あんか」です。「豆炭あんか」に比べて簡単に暖かい。道庁樺太関係資料館2006.5.4
陶器製湯たんぽ
陶器製の湯たんぽ


…「湯たんぽ」は北国でなくても使っていると思いますが,昭和初期の陶器製の湯たんぽです。
陶器製の湯たんぽは江戸時代からあったそうです。
インターネットで調べてみると,金属製よりも人肌に優しいと言うことで,今でも販売していました。
道庁樺太関係資料館にて2006.5.4

「竹製湯たんぽ」と「湯たんぽの代用石」
竹製湯たんぽ/湯たんぽの代用石

…採暖道具の「湯たんぽ」にもさまざまな種類がありました。「竹製湯たんぽ」と「湯たんぽの代わりに使った石」です。
帯広百年記念館にて2008.9.15

達磨型薪ストーブ
達磨(だるま)型薪ストーブ


…薪ストーブは,現在も販売されています。最近は,薪の代わりに,ペーパーログ(紙薪)を使っているものもあります。
熱効率は良いのですが,耐久性は鋳物製のものが優れています。
北海道開拓の村にて2004.6.6
販売している写真は,道東で見つけました。北海道本別町2008.9.15

達磨(ダルマ)型薪ストーブの販売
貯炭式ストーブ
貯炭式ストーブ


…貯炭式ストーブは,大正時代から作られた燃料の石炭をストーブの胴体部分に貯めておく形のストーブです。
長時間,石炭をつぎ足さなくてもよい利点があります。
写真のストーブには,鍋置き皿やお湯を沸かす容器も付いています。
また,デレッキ(火かき棒)やタイルを敷きつめたストーブ台も懐かしい。道庁赤レンガギャラリー2006.5.4
地球型ストーブ
地球型ストーブ


…通称「タコストーブ」ともよばれました。石炭ストーブで列車の暖房器具として明治30年代から使用されました。
脚部の穴は,列車に固定するためです。
丸い形は乗客が持ち込んだ魚や餅などを焼いて,臭いや煙で車内が汚れるのを防ぐためだったといいます。
北海道開拓の村2010.6.18
石炭箱
石炭箱


…石炭ストーブの燃料である石炭を入れておく箱です。
石炭をストーブに入れる十能(じゅうのう,スコップを小さくしたようなもの)やデレキ(火かき棒)も箱の中にあります。
共和町ふるさとかかし館2014.8.16
下駄スケート
下駄スケート


…下駄スケートは,アメリカから本格的なスケートが移入された後,それをまねて下駄に,鉄製のブレードをつけたものです。
苫小牧博物館2003.9.17
竹スキー
竹スキー

…調べてみると全国には,いろいろな形の竹スキーがあるようです。
写真の竹スキーは,太い竹を割って先端を火であぶり曲げたもので靴の底につけて遊びました。
スケートのような長さです。店先で売っている様子を再現した展示です。北海道開拓の村2011.9.24
スキー場
スキー場

…昭和10年代のスキー場(?)の風景。竹製のストック,木でできたスキー。スキー場なのに蝶ネクタイ姿は,私の祖父です。

ストー
ストー(複製
)

…スキーの原型と言われている「ストー」です。
板の裏には,アザラシの皮を張り付け,登るときには,斜面で滑らない工夫がされています。
1808(文化5)年の間宮林蔵の樺太探検の際には,原住民の「ストー」を利用したことが著書「北蝦夷図説」に書かれています。
天狗山スキー記念館2006.7.24
かんじき 商店の販売風景
かんじき


…雪の上を歩くための道具。この上に靴をひもで固定して使います。
北海道開拓の村2011.9.24
わら靴
わら靴

…「わら靴」「ながわら靴」…,各地でさまざまな呼び名があるようです。北国の雪の上を歩くための道具。
今も,実用で販売しているものあるようです。北海道開拓の村2010.6.18
馬用のかんじき
馬用のかんじき


…馬が雪の上を歩くための道具。馬の足にひもで固定します。共和町かかし古里館にて2005.8.19

  アイヌの道具
鮭皮靴
鮭の皮でできた靴


…鮭皮靴は,アイヌ語で「チェブケリ」だそうです。ひもの部分は,シナノキの樹皮でできています。
サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)2004.9.29/釧路市立博物館2013.8.11
オヒョウの樹皮
樹皮でできたアイヌの着物

…アイヌのアツシ織りの着物「アット゜ シチニンニヌプ」です。この着物は,袖にたもとがなく,前のあわせも無いのが特徴です。
素材は,オヒョウの木の樹皮を織り込んで作ったものです。
オヒョウは,ニレ科の植物で,樹皮でアツシという布を織るので別名がアツシノキ。
サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)2004.9.2
アイヌのアツシ織り着物
アイヌ住居内部(復元)
アイヌ住居内部(復元)


…アイヌの住居はチセ(チャシ)といいます。写真は,復元された住居内部です。部屋の奥には,アイヌの宝物が飾られています。
室内の炉の周囲は,家族の座る場所が決まっています。天井には,保存食のサケがぶら下げられています。
北海道開拓記念館2010.6.18
アイヌの丸木舟(チプ)
アイヌの丸木船(チプ)(復元)


…丸太をくりぬいてつくった船はチプといいます。写真は,白老町にある「白老ポロトコタン」のポロト湖で撮影しました。
アイヌ民族博物館2013.6.19
  ニシン漁の道具
モッコ 小樽祝津青山家
モッコ


…「モッコ」は,農作業や土運びなどで背中にしょって荷物を運ぶ道具です。
写真のモッコは,ニシンを浜に担ぎ上げるための背負い箱です。
当時は,およそ20Kgのニシンを入れたモッコを何回運んだかで給金が決まりました。
写真の「山十」は,小樽市でかつてニシン漁で栄えた青山家のモッコ。北海道開拓の村2013.10.14
ニシン漁網元の家(旧青山家)
ニシン御殿・網元の家(旧青山家)


…北海道の日本海沿岸でニシン漁で財を成した網元たちが建てた居宅と漁業施設を合わせた造った木造建築物です。。
写真の「鰊(ニシン)御殿」は,かって小樽祝津(当時は後志国高島郡祝津村)にあった道内有数の青山家の建物で,現在は移築されています。
2014年からのNHK連続テレビ「マッサン」には,余市のニシン漁の網元の家として,登場しています。北海道開拓の村2013.10.14
1920(大正9)年 祝津鰊番屋群
1920(大正9)年のニシン漁番屋・倉庫群


…小樽祝津(当時は後志国高島郡祝津村)にあった番屋・倉庫を撮影した写真です。
番屋は漁場の近くにある作業場兼宿泊施設です。ニシン漁で活気のあった当時の集落の様子です。
小樽市立祝津小学校2013.1.31
旧白鳥家住宅
ニシン漁番屋/住宅~小樽市


…小樽祝津にあるニシン漁で使用された番屋や住宅の写真です。
①旧田中家住宅(ニシン御殿),②旧白鳥家住宅,③近江番屋,④茨木家住宅,⑤茨木家出張 2012.4.30/2012.9.5
ニシン漁場規定
ニシン漁場規定


…1923(大正12)年に小樽祝津青山漁場,1916(大正5)年に余市福原漁場で決められていた規定です。
「漁期中は通行人に悪行をしないこと」「漁期中に限って飲酒をしないこと」「火の元に用心すること」….
北海道開拓の村2015.6.1/余市福原漁場2007.11.6
船用のがん灯
船用のがん灯


…船で使用された照明器具の「がん灯」です。中にはランプが入っています。
このがん灯は,ニシン漁の際に,沖泊りの船(海の沖合いで泊まり,翌日も連続操業すること)で使用されました。
旧余市福原漁場2007.11.6

番棒
番棒(=万棒)


…物資を運搬するときに運搬人に1枚ずつ渡して,後でその枚数から運ばれたものの総数を知るのに使われた計算具です。
ニシン漁場では、主にニシン粕,身欠きニシンなどの梱包した製品を船積みするときに利用されました。
(参考資料:「北海道開拓記念館 総合案内」)北海道開拓の村2013.10.14

ニシン釜
ニシン釜


…大量に水揚げされたニシンを茹でる(炊く)のに使われた大きな鉄製の釜です。
ゆでたニシンは圧搾機で魚油とニシンかすに分けられ,ニシンかすは肥料としました。
旧余市福原漁場2004.11.14/旧北海道庁赤レンガ資料館2013.3.5